失われないものを求めて

コンビニのお手洗いで用を足したとき、俺は気がついた。

俺に残されている時間は、どうやら少ないことを。

もってあと一年か…あるいは…。

確実に髪の毛が減っている。

いや減っているというものではない!

明確に、「無さ」が!

「無」が!

増えてきている!

「減ったねぇ」じゃなく…

「よりいっそう無くなったね」

という恐ろしいパラダイムシフトが起きてしまった。

もはや阻止限界点は過ぎているらしい。

いつか、そのうち、近いうちに、もうすぐ…覚悟はしていたはずだが、いざ目の前に事実が迫ってくると、人間というのは脆い。

たしかに、俺の父も、母方の祖父も"そう"だったのだから、俺が"そう"ならない理由がない。そういうこともあって、「まぁいずれは絶対に"そう"なるからな」と"それ"のケアをしていなかったというものあるけれど。

いつも傍にいるものを、ある日突然失って始めてわかる大切さ。

全く…

失うことに慣れているはずの俺だけども…

……

しかし運命(さだめ)ならそれは仕方がない。

仕方ないものは仕方ないから、仕方ないところ以外の部分で頑張らないといけない。

つまり帽子を!

早急に作らなければならないな!

そういうことにしておく!

可能な限り前向きな姿勢で!

しかし、帽子は実はまだ作れていない。

いや、最初に作ったポットカバーは確かに帽子になるんだけど。あれはさすがに、こう、な?

それでベレー帽を作ろうと実は3回くらい挑戦していたんだけど、いずれも…「何かこれは違うんじゃないか」「柔らかすぎて多分これはひどいことになる」「なにかノらない」という理由で断念していた。

やっぱり、情熱が続かないものというのは、無理に続けると情熱の源泉そのものが枯れてしまう。だから「なんかなー」と思ったときはさっぱりとそこでやめたほうがいいと思う。いや、さすがに仕事とかはそうはいかないけど。趣味や楽しみなら情熱を最重視するべきと思う。という言い訳を。

そういうわけで、ベレー帽は今は無理。今後再挑戦の機運が高まるまで、手を付けないほうがいい気がした。

では、この俺の…問題はどうするのか。

普通のニット帽子は俺、似合わないんだよね。多分。

それでどうするかなぁとごそごそとクローゼットを探してみると、唯一、似合う帽子が出てきた。

サファリハット。

これならいける!今年の夏の間は基本的に被ってたし。

…この帽子が原因な気がしなくもないが…そこには目をつぶる方向で行くとして!

広いツバがある帽子のほうが多分、いい!

ならばそれでいこう!

サファリハット的な、形のものを!

ツバを維持できるくらい硬い毛糸を、ツバを維持できるくらい硬いステッチで!

そうすれば、何かしらの光が見えてくるはずだぜ…!

しかしそんな太くて硬い毛糸はそうそう売っているものではない。

今までいくつか手芸屋さんを見て回ったが、大体はふわっふわの…極めてガーリィな…いやそれはそれで大好きだけど…俺の"それ"にはいかんともしがたいゆるふわ感が前面に押し出されている感じなので…より男っぽい、バリカタ、いやハリガネ級の毛糸を俺は求めた。殆どゆでてないんじゃないかみたいな。そういう毛糸を、ヤーンを、探し求めたわけだよ…!

とはいえ、実は心当たりはあった。

前回、ニットカフェにお邪魔した時にpresseさんのところで男っぽい毛糸を見せてもらったので、要するにあれを使えばいいのだ。ちょうど男っぽい羊の人がラベルに描かれていたし。あれこそはわが光。

これは、やるしかないようだな…。

それで意を決して、11/3という休日を利用して俺は行ってみたんだが…。

…閉まってた!

たしかに!

11月の3日から東京行くって言ってたもんな!

お店は休みだった!

この失態。

俺は何かがはらりと落ちる音を聞いた。

季節外れの桜が。最後の一葉が。

これは危険!

次の機会まで待つという選択肢は、今の俺には、あんまりない!

そういうわけで、悩んだ末に…

以前母に教えてもらった「マリヤ手芸店」に行ってみることにした。時計台の向かいにある、大変素晴らしい手芸店だそうだ。俺の好みを熟知する母がそういうのだから、おそらく大丈夫なはずだ。

それで円山から歩くこと40分、「日本三大がっかり観光地」の一角をなす札幌時計台にやってきた。残りの二つは知らないけれども。

しかしどうなんだろう。時計台に何を求めているのだろうか。

大体のがっかり感は「意外と小さい」ということらしいんだけど、巨大であればそれでいいというわけじゃないだろう。

そもそも時計台はもともとは演武場であり集会場である要するに現代で言えば体育館だ。体育館として見れば、あれほどモダンな体育館もないだろう。時計と鐘がついているので集会場としての機能も万全。

そして特筆すべきは、あの時計台こそが(ほぼ)日本初のツーバイフォー建築だということだ。初じゃないかもしれないけど、最初期のツーバイフォー建築として今に残る貴重すぎる建物。つまり、太い柱を立ててそこから梁を渡していく建築でなく、全体を均一に木材で覆うことによって強度を出している。赤毛のアンの家もツーバイフォー建築だ。

そんなアメリカ中西部の趣を感じさせつつ、百葉箱のような真白い壁がかもしだす異国情緒。北国の清涼感。これはまさに北海道のイメージそのものだし、柱がないツーバイフォー建築でも、北海道の冬を十分に越すことができるという圧倒的な説得力を体現している。しかも北海道は他都府県に比べてツーバイフォー建築の割合が多い。それは時計台あってこそなのかもしれない。

このロマンよ。これは声を大にしていいたいし、おそらく「三大がっかり」の残り二つにも何か圧倒的な魅力があるに違いないのだ。

いいかい、今度から時計台を見るときは、心に赤毛のアンを住まわせてから見るんだぞ!

……時計台への情熱は理解していただいたとして!

その向かいにあるマリヤ手芸店である。

結論から言うと。

店頭においてあった毛糸に一目ぼれした!

俺が求めていたのは…このバリバリ感…!

チクチクする毛糸は苦手だったけど、それを超えるバリガリ感ならオーケーだ!

というか多分、自分で縫ったやつなら何でも大丈夫なんだろうな。

愛する人からもらったものならなおさらだろう。多分な!

でもこれ、このバリバリの…ガリガリの毛糸は、何か名前がついているのだろうか?

今一つ分からない。毛糸歴2か月の俺に太刀打ちできる物ではないのだろうか。

しかし好みは好み。臆することはないはずだ。

せっかくだから俺はこの黒い毛糸を選ぶぜ!

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そうして毛糸を持ち帰ったわけだけれども、いかんせん、「カセ」の状態の毛糸を扱うのは初めてだ。調べたところによると、「カセ」状態の毛糸は、まず玉の状態に巻き直してから使うのが一般的らしい。

玉にまくためには、カセ繰り機と玉巻機を使い、美しく仕上げて行く。

俺たちが普段見ている毛糸の玉は、そうやって作られているのだ。

なるほど。

しかしもうすでに俺は家に戻ってしまった。どうしよう?

カセ繰り機と、玉巻き機か…。

やはり今後のことも考えれば、必要になるものなのかな?

と、若干テンションが落ちかけた俺に、脳内でマリーがささやく。

「どうせ千切って使うんだから、適当にかけておけばそれでいいじゃない」

なるほどそうか!

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俺がやるのはノールビンドニング。つまりはそういうことだ。あんま美しくなくても大丈夫。それに何度も千切ってつかうから、絡む心配はそもそもあんまりしなくていいのか。

マリーにあるまじき蛮族提案だったが、ありがたく思いつつとりあえず適当に吊るしておいて、必要な分だけちぎって使うことでこの問題は解決した!

俺はすっかり基本を見失っていたよ…!

これは北欧ヴァイキングの編み物…!

蛮族対応はいよろこんで!

いや、決してヴァイキングは蛮族ではないが!心持として!

 

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そして今回、目数を数えるための目数リングを初めて導入したことによって(ハリガネ曲げただけの蛮族対応)、ヴァイキング的おおらかさの中にひとすじのマリー感がプラスされ、なんとなくシナジーが生まれてきたような気もしている。

これからツバの部分にとりかかるところ。

今週末には完成を見たいと思う!

果たして出来上がった帽子が、うまくできているか、そもそも似合うのかという問題は残されているものの…!