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脳の中のマリー

アントワネット的なことを脳の中で

男。34歳。救世主は、ペプシマン。

悩みを抱えた身体をベッドに押し込んで3時間、俺は全く眠れない。

ただでさえ室温管理が微妙なこの時期、ベッドは毛布羽毛毛布の三段構えで俺を迎え撃っている。危険だ。このままでは焦熱地獄。肉体に染みついた悩みが魂に到達するまではそう時間はかからない。そう考えているうちに、邪悪な思考が満ち始める。

あれはこういうことだったんじゃないか。

まさか彼のあの行動は俺への圧倒的悪意で構成されていたのでは。

いや、間違いない。

きっとそうだ。

許せぬ。

メロスも激怒して妹の結婚式に参列するレベル。

あいつ、実はそんなに怒ってなかったんじゃないのか。

このままではまずい。しかし明日は日曜日。平日ではない。ならばいっそ、このまま外へ散歩、いやウォーキング、もしくはダイエットに繰り出すのも一興なのではないか。

俺は素早く決断し、ベッドから抜け出る。

どうせ朝の2時だ。朝か夜かも判別できぬこの時間に、人の服装をとがめるものがいようはずがない。

冬用のコートを羽織り、俺は歩きだした。

俺のいつものウォーキングコースには、かつて自殺があった林道が含まれている。危険。いつもは日のあるうちに通るので、景色美しいさわやかな林道だが、そこに入るたびに「そういえばここは・・・」と必ず一度は思いだす。

この時間にそれはまずい。

心の中で「もしかして」と思うその心が何よりのホラーとなる。

だからこういう時はいつもの道ではなく、新たな道を開拓するのが正解だろう。

夜に歩いた道を昼に思いだせないことは多いが、それもまたファンタジーじゃないか。

音楽を聞きながら俺は歩く。

思い切って小道に入る。全く知らない路地へ入る。適当に曲がり、どんどん進んでいく。


気づけば四方を墓に囲まれていた。

四面墓地。

俺は気づかぬうちに死んだとでもいうのか。

しかしここは北海道。本州のように、町の一区画に自然と墓地があるような土地柄ではない。これはおかしい。何か、新手の石材屋さんのショールーム的なものではないのか…。バットマンガンダム型の墓石が展示されているような、そんな何かのはずだ…。

違った。

ガチ墓地。

死。

34歳。

逃れるために走る。

冷静に考えれば、そんなことはない。そこに眠るのは子孫の無事を見守る安らかな魂のはず。しかし今は午前2時。独身の34歳にはダメージがでかい。しかも髭を生やしている。髭が許容される職場でよかった。

背後から迫る「何か」の気配を自ら作り出し、それから逃れるために必死で走る。

子供のころ、一番怖かったのはドラキュラ。

おかげで今も首筋を晒したまま眠ることができない。恐るべき後遺症だ。だから夏も首まで布団オン。熱くて死ぬ。しかし熱さよりもヴァンパイアの恐怖が勝り、冷気と熱気でバランスがとれている。とれてないが。

まさにそのドラキュラが日本式の墓石からはいずり出てくる光景を目撃した俺に、耳から流れ出るホラー音楽が追い打ちをかけてくる。なぜこんなフォルダを作ったんだ。

ホラー好きは大抵怖がりである。

俺も例外ではない。

ゴシックミュージックとか、ホラー映画のサントラとか、危険なやつをたくさんあつめて「うおーこえー」とか言って聞いたりするのだ。

まずい、死ぬ。

そのとき、俺の耳に救世主。

ペプシマン

あの最高のイントロが聞こえてくる。

まだペプシマンは姿を見せない。イントロが続いている。

そう、俺はホラー映画を見るときに、ペプシマンのテーマを手元に用意しておく。可能であれば映画館にも持ち込みたい。いや、白状すると、一度やった。効果は最高だった。

ペプシマンのテーマ、その軽快なイントロが、ホラー映画にありがちな「何かが起こりそうで怖くてその先を見られない」という恐怖を打ち消してくれる。バーン!と悪霊が画面いっぱいに出てきても、心臓に重篤な障害を追わせずに済むのだ。そこまでしてみるなよと思うかもしれないが、これは意外に楽しいのでおすすめする。

だからホラー音楽のフォルダにはいつもペプシマンがいる。

ペプシメーン!

来た。

完全にペプシマンと並走する形になった俺を止めるものはもはや肉体的な疲労と限界が来ている膝と折れやすい34歳の心だけだ。

元来た道もよくわからないがとりあえず走る。いける。

しかしそこに老人。

こんな時間に雪割りをしている古強者。

爺さん。ツルハシ。午前2時。

これの意味するところは、死。

ゴツ…ゴツ…と規則的な音を無機質に響かせつつ、老人は雪を割る。

次に割られるのは、俺だ。

後ろを振り返らずに疾走する。

疾走しているつもりになっているのは俺とペプシマンだけで、実際は息も絶え絶えな34のヒゲ男が無様によろめきながら冬用コートでヨタついているにすぎない。

現実は見ないでおくことにする。

男割り24時の爺さんをやり過ごすも、待っていたのはさらなる地獄。

巨大なシマリスのゾンビが俺を襲う。

愛らしい尻尾はそのままに、手に持つのはまさかのドクロ!

カリカリと可愛らしい音をたてながら俺の頭蓋骨を齧らんと機をうかがう恐るべき野生に俺はなすすべなく方向を変えることを余儀なくされる。

老木と庭石が午前2時のファンタジーを身にまとうとゾンビシマリスになってしまうのだ。これが大自然の脅威。エドヴァルド・ムンク「叫び」を俺は今魂で理解できた。

幽霊の正体見たりなんとやら。


その後も襲い来る自然不自然の怪異をペプシマンとともにかわしきり、汗まみれとなって俺は今このPCをたたいている。

しかしここまで来て思うことは一つ。

真夜中のテンションに任せてブログなんて書くものじゃないな。という後悔だけである。