エクスカリバーは本当に、本当にすごいんだという話

先日、「刀の鞘職人」に会った。

刀の鞘を作る職人。ちゃんと実在する。

考えてみれば当たり前だ。刀鍛冶がいて、研ぎ師がいて、それで刀が出来上がるわけじゃない。鍔職人もいるだろうし、目釘を作る人も多分いるだろう。刀身本体は長持ちしたとしても、それ以外は消耗品である。だから刀鍛冶よりも研ぎ師そのほか、周辺の職人のほうが仕事は多いくらいだったかもしれない。

それで、鞘である。

鞘に向いているのは朴(ホウ)の木で、これは緑がかった柔らかい木で、触るとしっとりとした触感がある。英名のポプラの方が有名だろうか。ホームセンターでも見かける、その世界ではメジャーな木だ。

刀の鞘というと漆塗りの鞘をイメージすると思うが、刀を保存するときには漆塗りでなく、無塗装の鞘にするらしい。無塗装だと湿度が適度に保たれ、刀が錆びにくいという。

そう、刀の天敵は錆だ。

ハガネの包丁やナイフを使ったことがある人はわかると思うけれど、とにかく錆びる。あっという間に錆びる。少しでも気を抜いたら錆びる。アウトドアナイフなら黒錆び加工なんかで対応できるけど、包丁や刀となるとそうはいかない。ダイレクトに水に接するのが包丁と刀だからだ。肉も魚も人体も、70%くらいは水であるからだ。

桜田門外の変で、その日天候が雪だったために井伊直弼を護衛していた侍は刀に袋をかぶせており、それによって応戦に手間取った…という話もある。護衛任務の者が袋をかけるほどに刀の湿度管理は大変だったわけだ。

剣は、水に弱い。

今でこそ俺たちは錆びない金属に囲まれているが、それ以前は武器に水分は厳禁であったはずだ。何せ管理が面倒だ。面倒なことは避ける。桜田門外の変の護衛のように。

そう考えると、すごいのはエクスカリバーだ。

アーサー王の剣。

エクスカリバーは本当に、すごい。

なぜなら、エクスカリバーは水の中から出てきた剣だからだ。

湖の中から、剣がぬっと出てくる。

たったこれだけの、ともすれば間抜けなシーンだが…このシーンは要するに「この剣は濡らしても全く問題ないんですよ?」というシーンなのではないか!?湖の乙女が授けたこのエクスカリバーは、その登場場面から全力で「これすごいよ?」と宣言しているのでは!?

エクスカリバーというと、岩に刺さった剣と湖の中から出てきた剣の二つの話があって混乱するのだが(二つは別物だとか、鍛えなおされたんだという説もある)、「真のエクスカリバー」とされるのは、湖の中から出てきた方だ。これは、「どっちがすごいか」という点からみると、とても単純に納得できる。

岩に突き刺さった剣よりも、湖の中から出てきた剣のほうがすごい。

剣を岩に刺す、というのは、わりとけっこう可能性がある現実的な光景だ。

しかし当時、「水に濡れても錆びない剣」というのは、それこそ魔法の剣だろう。

常識的に考えてあり得ない。筋力自慢の猛者ならば岩に剣は突き刺せるかもしれない。しかし、剣を錆びさせないことは誰にもできない(当時は)。

「水から出てきた」

それだけで圧倒的な魔力を感じさせただろう。登場シーン一発で「これはやべぇぜ…」と読者を慄かせている!(と思う)

しかもアーサー王物語の舞台はイングランド。霧の国だ。

霧の国の聖剣として、エクスカリバーに最もふさわしい属性は水ということだろう。水は金属に決してなじまない。金属は電気を纏い、炎もその身に宿すだろう。しかし水とは決して交わらない。だがエクスカリバーは水から生まれている。当時、水に触れても錆びない金属は黄金だけだったろう。エクスカリバーは黄金と同じ性質を持ち、なおかつ岩に突き刺さるほどの硬度を持つ。魔力を宿した剣として、この上ない性質を持っている。極めて現実的な背景を持つ魔剣なのではないか。

そう考えると、「金の斧」の話も似たような背景があったのかもしれないと思う。

木こりが斧を水の中に落とすというのは大失態のはずだ。スマホをトイレに落としたのと同じくらいの失態。修理に何日も待たなければならない。そのあいだ仕事はできないのだ。現代人と同じく、水没は生死にかかわる大問題。これはまずい。

しかし正直者のナイスガイは、「水に落ちても錆びない」金の斧を無事に獲得する。これはすごい。まさに神さまからの贈り物だ。正直者がiPhoneを水没させたら、ジョブズ神が流暢にプレゼンしながら防水仕様iPhoneをくれたようなものだ。これこそまさに最高の体験。それに対して嘘つき野郎は修理費を自費で払わねばならない。ジョブズ神も沈黙だ。全くざまぁみやがれといったところだぜ。

話は逸れたが、「水に濡れる魔剣」の話は他にも例がある。

東洋の水の国、我らが日本の妖刀・村雨だ。

南総里見八犬伝に登場するこの妖刀は、鞘から払えば霧が立ち込め、振れば剣先から露がほとばしり血糊を瞬時に洗い落とし切れ味を維持するという、抜けば玉散る魔性の剣である。

刀の手入れは昔も今も大変のはずだ。しかし村雨はそのような現実とは無縁の魔力を帯びている。突拍子もない演出より、しみじみとすごさを実感できる物のほうが「冷静に考えたらすごい」感がある。iPhoneに防水機能がつくばかりか、自動消毒機能が搭載されているようなものだ。…そこまでいくとちょっとガラパゴス感があるが。

霧の国の聖剣エクスカリバーと、水の国の妖刀村雨。両者の気候条件から考えると、「ありえないほどすごい剣」を描写するのに、水属性以上のものはなかったかもしれない。

しかもエクスカリバーの鞘には回復能力があるので、これもまた水属性っぽさに拍車をかけている。

今、水属性が熱い。俺の中で。