脳の中のマリー

アントワネット的なことを脳の中で

物事に反応するその前に、「紳士淑女の3秒間」を

以前、「紳士の作法の心得」として、「異様な物音がしても、3秒間は振り返られるな。3秒以内に振り返ったところで、もう遅い。ゆうゆうとされよ」というものがあった。

作法心得第5章16節より。いささか古いがとても面白いので、紳士淑女を目指したい諸氏にはおすすめする!)

物事に慌てて付和雷同する様はみっともないよということなのだが、確かに俺の、俺達のジェームス・ボンドなら、パーティの最中に爆発が起こってもすぐにそちらを振り返らず、悠然とレディを避難させた後に問題解決に動き出すイメージがある。「何が紳士か」と考えるとき、「ボンドならどうするか」を考えるとイメージしやすい。しかし、「ボンドじゃないとこれは無理だ」というものが多々あるので、注意は必要だが…!

ボンドのようにはなれなくとも、「何かコトが起こったとき、どう振る舞うのか」ということを日常意識しておくことは大切だ。バスや電車で妊婦さんやご老体が入ってきた時、譲ろうかどうしようか迷ううちに他の人がさっと譲ってしまい、「あぁ、もっと早く決断しておけばよかったな」と敗北感を感じたことがある人は多いはずだ。…多いよな?

「3秒間待て」というのは、「何もするな」ということでなく、状況を判断し、決断するのを3秒で行なえということだろう。反射的に状況に踊るのではなく、状況を吟味して己の行動を選択する。それが紳士淑女というものなのだ。

これは、なにも日常生活だけに有用なものではないと思う。例えばtwitterなどのSNSで日々恐るべき速さで流れていく情報。これに対しても、「紳士淑女の3秒間」は適用できるのではないか。

誰かがこんなバカなことをした!

こんなケシカランことが!

こんな事件が!

大災害が!

これらショッキングなニュースに対するとき、いきなり踊り出すのはゼントルメンらしからぬ行いのはずだ。事実は事実。なるほど、そういうことがあったのか、とまずは認識するターム。それに対しての自分の意見、感情を確認するターム。そして自分の意見、感情を表に出すかどうかの判断のターム。これが紳士淑女の3秒間ということになるのではないだろうか。

俺はだいたいのことについては、付和雷同する価値はないと思う。

というか、本当を言うと、俺は物事を的確に判断できる自信がない。ともすれば踊るし、信じるし、騙される。大抵の失敗は、踊った時だ。恋愛、恐怖、多忙、焦燥、これらに踊った時、俺は大きな大きな失敗をする。…それはもう大きな、な?だから俺は、この紳士淑女の3秒間をもって、擬似的に知性ある振る舞いをしようと思っている。

事件、事故、ニュースに対して、まずはいきなり反応することをやめる。できるだけ、だけど。そして自分の中に判断する知識がない場合は、思い切って判断を保留する。まぁこんな風に書くと、ある意味でこれも付和雷同じゃねーかという疑念は脳の中で巻き起こるわけだけど。

ある事件に大してのネットの反応というのは、自分の脳の中の反応によく似ている。

最初は混乱。びっくりして情報が錯綜し、判断が出来ない状態。

次に、「わかりやすい解答」がでる。このわかりやすさはそれはもう素晴らしいもので、思わず飛びついてしまいそうなほどだ。

そして少し時間が経って、冷静な情報が出てくる。

更に時間が経って、定説が固まっていく。

この最初の二段階で反応をするときは、「果たして自分は冷静か?」「これはわかりやすい解答ではないか?」と自答すべきと思っている。怪しければ、勇気を持って小田原の評定へ出席するという流れで物事を判断するようにしている。ただ、この姿勢はあくまでも「擬似的な知性」であるので、「冷静な意見の登場を待つ」ことばかりやっていると、全く知性が育たないという難点はある。だからちゃんと考えながら保留していかないと、北条氏が滅亡してしまうことになるのだが。