ハロウィーン、クリスマス、お葬式…無節操に見えるけど、実は中身は儒教で一貫している

ハロウィーンが過ぎ、クリスマスに向けて加速していく2017年。

最近ではクリスマスの前の準備期間である「アドベント待降節)」も徐々に商業イベントとして注目されるようになってきたね。そのうちアドベント期間中に食べるシュトーレンがコンビニで売られることになりそう。もうすでに売ってるかもしれないけど。

年末から年始にかけて、クリスマス-除夜の鐘-初詣とキリスト教、仏教、神道と3宗教にまたがるイベントをこなしていくのが俺たち日本人の習わしとなって久しい。これを「宗教に寛容」ととらえるか、「無節操」と感じるかはそれぞれだけど、いずれにしても表裏一体なものだろうと思う。

個人的には…日本人は寛容でもなく無節操というほどでもなく、ただ「無自覚」なのではないかと思う。

 

ここでひとつ考えてみてほしい。

「道徳やマナーを一言(短い言葉)で言いあらわすと?」

もちろん答えは無数にあると思うけど、「大多数が同意するような道徳」の中でトップに入るのは、

「自分がされて嫌なことは、他人にもしちゃだめ」

ではなないだろうか。

少なくとも間違ったことは言ってない。それにたぶん似たようなことは子供のころから聞かされてきているはず。

これの元ネタが何かというと…それはもちろん、あの偉大なる東洋の巨人。物理的な意味でも巨人(身長190cm)であるところの孔子、孔丘先生その人である。この人が何気なく放った一言が東アジアの道徳の基本になった。( 己の欲せざる所は人に施す勿れ)

そのほか、論語や大学には「当たり前すぎて今更感あふれる道徳の話」が満載で、おそらく俺たちが漢文の授業で眠りに落ちるのも、この圧倒的な「当たり前感」が原因の一つにはなっているはずだ。

当たり前すぎて新鮮味がない。

しかし逆に言えば、それほどまでに影響が強いともいえる。学校で習う以前からすでに知っているレベルで浸透している。

俺が思うところ、日本は相当な儒教国家だ。

儒教と聞くと、うぇーーーと思う人もいると思うのだけど、儒教を基準に日本の宗教観を見ると、かなりいろんな部分が納得できるものになると思う。

日本人は無節操でも特別に寛容でもない。儒教的なだけなのではないか。

例えば、祖先を大事にする考え方。

これは儒教的と言っていい。仏教も神道も、実はさほど祖先には気を配ってない。

仏教だとシッダールタ先生は「十無記」で「死後のことはわからない。わからないものは私は語らない。死後の世界があるかないか、それにかかわらず人間は現生で苦しんでいるだろう。私はその苦しみを取り除きたいのだよ」と、有名な毒矢のたとえで言っているし、神道では死は穢れなので、なるべく遠ざけたいものだ(イザナミねえさんのことを思い出すんだ!)。

「先祖を敬おうぜ!」というのは、実は儒教のメイン道徳だったりする。仏教じゃない。一周忌とかも、もとは儒教の葬儀形式だ。孔子の直弟子のレベルになると、孔子の葬儀の後6年間も喪に服したというツワモノが存在する。

また、儒教形式主義的なところも批判されはするけど、「内心でどう思っていようとも、形式をガチっと決めてそれに従えば、とりあえず物事は前に進む」という、精神的には後ろ向きかもしれないが物理的には前に進むという効果もある。もちろん孔丘先生は「衷心からそれを行うのが大事だ」と言っているけどね。弊害は多いけど、それを補って余りある恩恵があるのも確かだ。2000年前に官僚制を確立させた儒教のパワーは半端ではない。

そしてこの儒教「とりあえず形式を決める」「そういうことになってるなら、したほうがいい」「(他文化の)形式を尊重する」という部分が、まさに日本の各種宗教イベントに対する感覚なのではないかと思う。

クリスマスは、飾りつけをしてケーキを食べるらしいから、その形式を尊重する。

バレンタインは、意中の人にチョコレートを贈るらしいから、その形式を尊重する。

ハロウィーンは…

初詣は…

節分は…

葬式は…

それを企画した人が誰なのか、どういう意図があるかはさほど関係ない。

形式や様式を尊べば、「宗教に寛容な感じ」になってあんまり角が立たない!

いや、何かヤな感じに聞こえるかもしれないけど、俺はこの姿勢は悪くないと思っている!いきなり「どっちかに合わせろ!」とキビしい感じなるのでなく、「そういうものなんだね!」とポジティブに受け入れていく方式。これは別に悪くないでしょ?

結婚式はだいたいチャペル式、神前式、仏式(あんまり聞かないけど)からどれかを選択するけれど、そこに共通しているのは「何かしら儀式やったほうがおさまりがいいよね」という感覚で、これこそが儒教的感覚なのだと思っている。

(逆の「そんな儀式なんてくだらねぇ!俺は形式でなく、心から愛しているから儀式なんてものは必要ないんだよ!」という姿勢も「なんという仁義の士よ!」と儒教に回収されていくという恐ろしいスパイラルが待っている。儀式を基準に物事を考える点では、両者は同じだ。)

そして、その儒教的なものに無自覚だから「日本人は宗教に寛容」「日本人は無節操」と思ってしまう。でも実際は、儒教的な立場から他文化を尊重しているわけで、寛容というほど受け入れず、無節操というほど蔑ろにせず、ほどよい距離を保って尊重することができている。

儒教を悪く思う人は多いけど、この「ほどよく距離を保って尊重する」というのは儒教のおかげだろうと思う。

新しい文化が入ってきたとき、「なるほど、そういうものがあるのか、なら尊重しようね」となるのは儒教の利点かなと。

 

俺も近年までは、「なんと無節操な…」とか「節分に恵方巻とか正直どうよ…」と思っていたけれど、この「とりあえず儀式として取り込んで尊重する」という儒教的スタンスに気づいてからはあんまり嫌に思うこともなくなった。むしろ恵方ウェルカム!巻きずしは美味いからな…!

ボージョレヌーボーの解禁がまさに明日だけど…「そういうもの」として受け入れる準備は万全だぜ!

 

孔丘先生はとある儀式を行うとき、実際はその儀式について精通しているにもかかわらず、その儀式の専門家に一つひとつ「これはこの順番で正しいですか?」と確認しながら行い、専門家を尊重する姿勢を崩さなかったという。

…まぁちょっとこう、いやらしい感じがしなくもないが、その精神は素晴らしいものだろう。それにたぶん、孔丘先生なら本心から相手を尊重してたのだろうしな。

俺も、儒教のライトサイドを信奉する者として…他文化を尊重する精神を崩さないでいたいものだぜ。

 

儒教は悪い面がクローズアップされがちだけど、春秋戦国時代という暴力が支配するカオス極まる世紀末に、毅然として正論をもって立ち向かい、ついに勝利した男たちの物語でもあるので、悪い面ばかりでなく良い面にも目を向けてくれればな、と思う。

 確かに腐敗もしたし、正直それはどうよ?な面は多々あるけれど、その根本にある精神は間違いなく熱いからね!

 

 

 

ノールビンドニング - 長い毛糸を折り返して短く使う方法 -

ノールビンドニングをやっていると、「可能な限り毛糸を長く使いたい」と思うのは多分、全世界共通の認識だと思う。

俺もそうだし、これを読んでいるあなたもそうだろう。そして当然ながら、1000年以上前の人もそうだっただろう。

長い毛糸を上手に折りたたんで短く使うために穴が二つ開いたノールビンドニング用の針を使うわけだけど、針に穴が一個しかない場合はどうするか。

その疑問に、いつものお姉さん、いわゆる女神がきちんと解決方法を紹介してくれていたので、感謝とともに紹介しようと思う。

流石としか言いようがないな!


Haahlaaminen - Handling long yarn - Neulakinnas, Nalbinding

このような方法が!

見た目に美しく実用的で、最後にほどけて行く様はちょっと感動するね。

これで、「お気に入りの針には穴が一つしかない」という問題も解決する!

と思う!

それにしてもありがたい時代だよね。

これでアクリルや綿、麻などのつなぎにくい糸も比較的楽に使えるようになるかもしれないね!

失われないものを求めて

コンビニのお手洗いで用を足したとき、俺は気がついた。

俺に残されている時間は、どうやら少ないことを。

もってあと一年か…あるいは…。

確実に髪の毛が減っている。

いや減っているというものではない!

明確に、「無さ」が!

「無」が!

増えてきている!

「減ったねぇ」じゃなく…

「よりいっそう無くなったね」

という恐ろしいパラダイムシフトが起きてしまった。

もはや阻止限界点は過ぎているらしい。

いつか、そのうち、近いうちに、もうすぐ…覚悟はしていたはずだが、いざ目の前に事実が迫ってくると、人間というのは脆い。

たしかに、俺の父も、母方の祖父も"そう"だったのだから、俺が"そう"ならない理由がない。そういうこともあって、「まぁいずれは絶対に"そう"なるからな」と"それ"のケアをしていなかったというものあるけれど。

いつも傍にいるものを、ある日突然失って始めてわかる大切さ。

全く…

失うことに慣れているはずの俺だけども…

……

しかし運命(さだめ)ならそれは仕方がない。

仕方ないものは仕方ないから、仕方ないところ以外の部分で頑張らないといけない。

つまり帽子を!

早急に作らなければならないな!

そういうことにしておく!

可能な限り前向きな姿勢で!

しかし、帽子は実はまだ作れていない。

いや、最初に作ったポットカバーは確かに帽子になるんだけど。あれはさすがに、こう、な?

それでベレー帽を作ろうと実は3回くらい挑戦していたんだけど、いずれも…「何かこれは違うんじゃないか」「柔らかすぎて多分これはひどいことになる」「なにかノらない」という理由で断念していた。

やっぱり、情熱が続かないものというのは、無理に続けると情熱の源泉そのものが枯れてしまう。だから「なんかなー」と思ったときはさっぱりとそこでやめたほうがいいと思う。いや、さすがに仕事とかはそうはいかないけど。趣味や楽しみなら情熱を最重視するべきと思う。という言い訳を。

そういうわけで、ベレー帽は今は無理。今後再挑戦の機運が高まるまで、手を付けないほうがいい気がした。

では、この俺の…問題はどうするのか。

普通のニット帽子は俺、似合わないんだよね。多分。

それでどうするかなぁとごそごそとクローゼットを探してみると、唯一、似合う帽子が出てきた。

サファリハット。

これならいける!今年の夏の間は基本的に被ってたし。

…この帽子が原因な気がしなくもないが…そこには目をつぶる方向で行くとして!

広いツバがある帽子のほうが多分、いい!

ならばそれでいこう!

サファリハット的な、形のものを!

ツバを維持できるくらい硬い毛糸を、ツバを維持できるくらい硬いステッチで!

そうすれば、何かしらの光が見えてくるはずだぜ…!

しかしそんな太くて硬い毛糸はそうそう売っているものではない。

今までいくつか手芸屋さんを見て回ったが、大体はふわっふわの…極めてガーリィな…いやそれはそれで大好きだけど…俺の"それ"にはいかんともしがたいゆるふわ感が前面に押し出されている感じなので…より男っぽい、バリカタ、いやハリガネ級の毛糸を俺は求めた。殆どゆでてないんじゃないかみたいな。そういう毛糸を、ヤーンを、探し求めたわけだよ…!

とはいえ、実は心当たりはあった。

前回、ニットカフェにお邪魔した時にpresseさんのところで男っぽい毛糸を見せてもらったので、要するにあれを使えばいいのだ。ちょうど男っぽい羊の人がラベルに描かれていたし。あれこそはわが光。

これは、やるしかないようだな…。

それで意を決して、11/3という休日を利用して俺は行ってみたんだが…。

…閉まってた!

たしかに!

11月の3日から東京行くって言ってたもんな!

お店は休みだった!

この失態。

俺は何かがはらりと落ちる音を聞いた。

季節外れの桜が。最後の一葉が。

これは危険!

次の機会まで待つという選択肢は、今の俺には、あんまりない!

そういうわけで、悩んだ末に…

以前母に教えてもらった「マリヤ手芸店」に行ってみることにした。時計台の向かいにある、大変素晴らしい手芸店だそうだ。俺の好みを熟知する母がそういうのだから、おそらく大丈夫なはずだ。

それで円山から歩くこと40分、「日本三大がっかり観光地」の一角をなす札幌時計台にやってきた。残りの二つは知らないけれども。

しかしどうなんだろう。時計台に何を求めているのだろうか。

大体のがっかり感は「意外と小さい」ということらしいんだけど、巨大であればそれでいいというわけじゃないだろう。

そもそも時計台はもともとは演武場であり集会場である要するに現代で言えば体育館だ。体育館として見れば、あれほどモダンな体育館もないだろう。時計と鐘がついているので集会場としての機能も万全。

そして特筆すべきは、あの時計台こそが(ほぼ)日本初のツーバイフォー建築だということだ。初じゃないかもしれないけど、最初期のツーバイフォー建築として今に残る貴重すぎる建物。つまり、太い柱を立ててそこから梁を渡していく建築でなく、全体を均一に木材で覆うことによって強度を出している。赤毛のアンの家もツーバイフォー建築だ。

そんなアメリカ中西部の趣を感じさせつつ、百葉箱のような真白い壁がかもしだす異国情緒。北国の清涼感。これはまさに北海道のイメージそのものだし、柱がないツーバイフォー建築でも、北海道の冬を十分に越すことができるという圧倒的な説得力を体現している。しかも北海道は他都府県に比べてツーバイフォー建築の割合が多い。それは時計台あってこそなのかもしれない。

このロマンよ。これは声を大にしていいたいし、おそらく「三大がっかり」の残り二つにも何か圧倒的な魅力があるに違いないのだ。

いいかい、今度から時計台を見るときは、心に赤毛のアンを住まわせてから見るんだぞ!

……時計台への情熱は理解していただいたとして!

その向かいにあるマリヤ手芸店である。

結論から言うと。

店頭においてあった毛糸に一目ぼれした!

俺が求めていたのは…このバリバリ感…!

チクチクする毛糸は苦手だったけど、それを超えるバリガリ感ならオーケーだ!

というか多分、自分で縫ったやつなら何でも大丈夫なんだろうな。

愛する人からもらったものならなおさらだろう。多分な!

でもこれ、このバリバリの…ガリガリの毛糸は、何か名前がついているのだろうか?

今一つ分からない。毛糸歴2か月の俺に太刀打ちできる物ではないのだろうか。

しかし好みは好み。臆することはないはずだ。

せっかくだから俺はこの黒い毛糸を選ぶぜ!

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そうして毛糸を持ち帰ったわけだけれども、いかんせん、「カセ」の状態の毛糸を扱うのは初めてだ。調べたところによると、「カセ」状態の毛糸は、まず玉の状態に巻き直してから使うのが一般的らしい。

玉にまくためには、カセ繰り機と玉巻機を使い、美しく仕上げて行く。

俺たちが普段見ている毛糸の玉は、そうやって作られているのだ。

なるほど。

しかしもうすでに俺は家に戻ってしまった。どうしよう?

カセ繰り機と、玉巻き機か…。

やはり今後のことも考えれば、必要になるものなのかな?

と、若干テンションが落ちかけた俺に、脳内でマリーがささやく。

「どうせ千切って使うんだから、適当にかけておけばそれでいいじゃない」

なるほどそうか!

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俺がやるのはノールビンドニング。つまりはそういうことだ。あんま美しくなくても大丈夫。それに何度も千切ってつかうから、絡む心配はそもそもあんまりしなくていいのか。

マリーにあるまじき蛮族提案だったが、ありがたく思いつつとりあえず適当に吊るしておいて、必要な分だけちぎって使うことでこの問題は解決した!

俺はすっかり基本を見失っていたよ…!

これは北欧ヴァイキングの編み物…!

蛮族対応はいよろこんで!

いや、決してヴァイキングは蛮族ではないが!心持として!

 

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そして今回、目数を数えるための目数リングを初めて導入したことによって(ハリガネ曲げただけの蛮族対応)、ヴァイキング的おおらかさの中にひとすじのマリー感がプラスされ、なんとなくシナジーが生まれてきたような気もしている。

これからツバの部分にとりかかるところ。

今週末には完成を見たいと思う!

果たして出来上がった帽子が、うまくできているか、そもそも似合うのかという問題は残されているものの…!

 

 

ノールビンドニング - クロトーのようにつないで -

ノールビンドニング、この素晴らしい技法を学んでいくうえで、俺には一つの懸念があった。

それは、「何度も何度も毛糸をちぎってつなぐ作業をする必要がある」ということ。

ノールビンドニングは縫い物に近い編み物なので、通常のニッティングのように毛糸が続く限り無限に編めるというものではない。かっこよく言えば、己の手で有限を選択せねばならない。

毛糸を短く切れば縫いやすいけど、すぐになくなってしまう。

かといって毛糸を長く長く切ると、途中で絡まるという大変なストレスを抱えることになる。

このディレンマ。

もっとも、これがあるからこそ一区切りがつきやすいということもあるけれど。

「このくらいの長さの毛糸なら5分だな…」みたいに感覚でわかってくるので、カップラーメンのタイマーとしても使うことが可能だし。煮込み料理のタイマーとしても使えるかもしれないな…!

しかし、やはり毛糸問題は付きまとう。

それを解決すべく毛糸ちぎり機を作ってみたのだけど、彼は儚くも散ってしまった。

毛糸ちぎり機の悲劇は悲劇として受け止めるとして、問題はまだ、もう一つ存在する。

毛糸をつなぐとき、手が結構、痛いんだよね…!

北村先生の教えの一つ「毛糸をつなぐときは火が出るくらいに」を忠実に守り続けた結果、実は俺は、「手をこすり合わせるとき、右手の薬指が前に出る癖」があることが分かった!

つまり、両手をすりすりとこすりあわせるときに、右手の薬指が左手に強く当たる。

というか、よくよく見ると、俺は右薬指第二関節が、外側に大きく曲がるらしい。だから指を伸ばしきった時に第二関節が前に出て、それでその部分だけ痛くなるようだ。

自分の体の理解が深まったのは喜ばしいが!

いかんせん痛い!

どうでもいいんだけど、親指の第一関節が外側に大きく曲がる人と間がらない人がいて、これは遺伝の影響なので、両親のうちどちらかは同じ曲がり方をするので確かめてみるといい!俺と父は曲がるタイプで、母と兄は曲がないタイプ。

で、これがあるばっかりに、「薬指が痛くなってきたら本日のノールビンドニング終了の合図」となっていた。

大体5時間くらいが限界。

これは、だめだ。

このままではなんとなく、ダメな気がする!

そこで、この問題を解決するために…考える葦である俺は…やはり作ることにした!

毛糸つなぎ機を!

ギリシャ神話の運命の女神、クロトー、ラケシス、アトロポスのモイライ三姉妹が糸をつむぎ、編み、ちぎるように、俺も編むことを覚えたならば、つないだりちぎったりすることにも同様の情熱を注がねばならないと思う。いやまぁ、つむぐのとつなぐのではだいぶ違うとは思うけど。そこはほら、ロマン優先で。

それで、ノールビンドニングでは毛糸は一般的(なのか?)に、手のひらでこすり合わせ、摩擦によって毛糸の温度をあげてフェルト化し、しっかりと絡みつかせる。

この理屈を、道具によって再現すればいいわけだ。

なので必要なのは、毛糸をホールドしつつ適度な摩擦を与えられる何か、だ。

人間の手のひらは非常に良くできていて、細かなシワや指紋と汗が絶妙な摩擦を生みだし、あらゆるものをつかむことができるセンサー付きの最強のマニュピレーターだ。この圧倒的性能に迫るには、並大抵の素材ではうまくいかない。

粗い紙、コルク、布、いろいろ検討してみたけれど、なかなかいい素材がない。

何か…何かないか…?

仕事そっちのけで悩んでいたとき、ふと気づいた。

「皮の代わりがないなら皮を使えばいいじゃない」

それだ!

さすがに皮というわけにはいかないから、革を使おう!

革、革はどこかにないか。手ごろな革…本革を…。

手芸店に買いに走るか…?

いや待て!

革はここにある!

まさに今、俺が仕事に常用している、革手袋!

男の店・ワークマンで数百円で売っている、圧倒的コストパフォーマンスを誇る革。これを使えば、いけるんじゃないか?

 

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こんな風に!

そういうわけで、革手袋の手首のあたりを切って、適当な木片にタッカーで留めて、その革つき木片ふたつで毛糸をはさみ、火が出るくらいにこする!

すると!

…もうすでに画像で結果は見えているけど!

できた!

毛糸が、つながったわけだよ!

毛糸ちぎり機の悲劇再びは、なかった…!

でもちょっと、やっぱり手でやるより緩い。

あと、革のくずがちょっとはいる。

さらに、革の匂いが結構移る。

…まぁそのあたりは!

目をつぶる方向で!

それにこれ、試作に使ったのは安い毛糸だから、それである程度つながるということは、きちんとした毛糸ならより繋がってくれると思われるので。

試作の成功を受けて、試作第二号を真剣に作ってみる。

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木片を手に取りやすい大きさにカットして。

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革は…とりあえず画鋲対応で!

DIYだからこのくらいの感じで許してほしい!

使っている木材はチーク。チークはヨットのボディにも使われるように、水に対してとっても強い。毛糸つなぎには霧吹きが必要になるから、木材にかかっても平気なように。

革は定期的に取り換えないといけないと思うけどね。

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そして、試作第二弾の完成!

ちゃんとつなげた!

…ちょっと緩いけど…!

そこは、慎重に縫うとかして何とか、やっていこうと、思う。

うーん。

まぁ、ずっとこれを使うんじゃなくて、手がちょっと痛くなってきたらこれにバトンタッチする、みたいな運用でいいかなぁと、ね!

すっごい雑な作りだけど(いつものことながら)、やはり完成してみると愛着は出てくるね!

これで、限界を突破して縫い続けることが可能になりそうだぜ…!

ニットカフェに参加してきたこと 毛糸ちぎり機との別れ

先週、ぎっくり腰に倒れた俺は、ベッドから抜け出すまで実に10分間を要して立ちあがり、リハビリを受けるべく地元で評判の整形外科へ向かった。

(どうでもいいけど、タクシーの運転手さんはラーメン屋に詳しいというまことしやかな噂があるけど、実は腰痛の病院にも詳しい。なぜなら、腰痛に倒れた人はタクシーを呼ぶから。もちろん全員が詳しいわけじゃないだろうけど)

評判のいい病院というのはそれに比例して待ち時間もものすごいことになる。腰痛にむしばまれた俺は自宅を出るところから出遅れるわけで、

「yajulさん、申し訳ありませんが1時間半待ちです…」

という宣告を受け、(予約は意味をなさないのか!?)と心の中で疑問に思いつつも着席する。まぁ、腰が痛いのはみんな同じだ。少しばかり治りかけている俺はそこは我慢すべきな気もする。

そして何より…俺は今、時間をつぶす手段を手にしている!

この余裕。これが病院の待合室という過酷な状況に光を与えてくれる。

もうすでにこのブログが染まり切っているように、つまりノールビンドニングを始めたわけだよ。待合室で。

紙袋の中に毛糸を入れて膝の上に載せれば、割と狭いスペースでも作れる。糸をあまり長くすると周りに迷惑になってしまうけれども。あと、糸をつなぐときちょっともぞもぞしてしまうけれども。

以前ならばスマホを見るか本を読むかゲームを持ち込むかトランプの順番を覚えるかといったところだったけど、今は40gの毛糸と20gくらいの針さえあればそれで3時間をつぶすことができるので、長距離移動の際にはとても便利なはず。

自分が1時間でどのくらい編めるかを把握しておくといいかもしれない。俺は1時間程度ではまだ全然編めないけどね!

それで、病院の待ち時間と、家に帰ってからちょっとやって、約3時間でこれが完成した!

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ペットボトルカバー!

ダーラナステッチを二本どりすると美しい縫い目が現れると知り、また思い切ってカラフルにしてみるとよいのではと思ってこの配色に。(ダラーナじゃなくてダーラナだった!)

まず底の部分を2色つなぎの円形で初めてペットボトルの底の大きさになったらそこから増し目も減らし目もせずにひたすら縫っていく。これだけで筒状になっていくので、ひたすらに縫う。

首の部分は減らし目をしてからピボットで折り返して、ボタンか紐を通せるように(ちょうど針が通ってるところ)した。あとはボタンを自作するか、何かナイスなものを見つけてくるかすれば、本当の完成を見るはず。

…何か、想像以上にかわいいものができてしまって困惑している!

そして、今までそんなに毛糸の色彩に拘ってなかったけど、やはりきちんと色彩は抑えておくべきだなぁと深く実感した。

一応、カラーコーディネーター2級は持ってるんだけど…知識があることと、その知識から適切に引っ張ってこれることはまた別の能力だしね。それに、すでにカラーコーディネーター試験の知識は失われているし。

この辺りの、色彩についての話はまたそのうち書こうと思う。

 

それでこの日は日曜日、つまり10/29で、この日はpresseさんで編み物カフェが開催されている。俺がノールビンドニングをやることに自信をもてるようになったところ。

yajul.hatenablog.com

ワークショップの時に今回の編み物カフェ(ニットカフェ)に誘われていたので、ペットボトルカバーやほかの作品を鞄に詰めて、家を出たのが12時。

ニットカフェは13時からだから、書店によってお昼を食べてそぞろに行けばなかなかいい時間につくんじゃないかという計算で札幌駅へ。

ちょうどイカ甲子園もやっていたらかちょっと覗いてみたりね…!

本を買い、赤レンガテラスで昼食をとる。

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(お一人様感が俺を襲う!)

買った本をめくりながら配膳を待っていると、ふと、あることに気づいた。

 …

……

あれ、俺、毛糸ちぎり機持ってきてない!

忘れてる!

前の日の夜に、机から毛糸ちぎり機を落としてしまったときも、

「あぁこれ、明日持っていかないとね」

と思いもしてなかった!

なんという!

 そこまで軽い存在になっていたというのか…!

今日の主役なのに!

むしろ俺なんかじゃなくて、彼をみんな待ってるんじゃないのか!?

ちょっといま、少女マンガの意地悪な先輩の気持ちわかったかも…。

いやそれはいい!

時間は、13時10分。

まだ配膳はされてない。

光の速さで食べても多分13時45分くらいになりそう。

そこから駅に戻って14時? 

それでは無理だ!

俺は決断し、レジへ向かう。急ぎの用事が入ってしまったので食事をとることができぬのだ…!すまぬ…すまぬ…!

現状を説明し、駅へ急ぐ。心もち光の速さで。

いかにも「ちょっと用事があるから仕方ないね」感を醸し出そうと努力しつつ。

 

そして、家に帰り、ひっそりと毛糸まみれになっていた毛糸ちぎり機を手に取り、また光の速さの心づもりでpresseさんに向かう。

で、着いたのが、14時45分くらい!

疲れた!

というか、腰が!

リハビリしていなければ即死だった…。

そしてそこで、皆さんに(主に毛糸ちぎり機が)暖かく迎えられ、なんとか、なりました。

相当脱力したので、ニットカフェの写真は撮ってないんだけれども!

そこで再び北村先生にお会いし(↓こちらの本の著者のお一人ですよ)、

はじめてのノールビンドニング 縫うように編む、北欧伝統の手仕事

溜まっていた疑問や質問に答えていただき、また皆さんの素晴らしい作品を拝見し、腰がいてぇとかあんまり思わずに楽しむことができました。コプティックステッチ難しい。

そして何よりも大きな収穫は!

収穫じゃないけど!

毛糸ちぎり機を、北村先生のもとへ送り出すことができた…!

何せ、俺のもとにあってはただ毛糸にまみれその辺に転がっているだけなので、ここはぜひ北村先生のところで、こう、なんというか、ネタにされつつ、記憶に残る人生(?)を送ってほしいからね…!

あらゆる存在は、いつか創造主の手を離れて行かないといけないのだろう。

図らずも俺の手を離れることで、毛糸ちぎり機は忘れえぬ存在になったようにも思う。

…何か、非常に感慨深いね!

彼の、毛糸ちぎり機の今後に幸あらんことを!

俺は、祈っているよ…!

 

(ニットカフェで北村先生に教わったことは、また今度まとめたいと思う。やー、可能性が広がったよ!)

 

yajul.hatenablog.com

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自分の世界が一気に広がる時の、怖ろしさ

こちらの匿名ブログを読んだ。

anond.hatelabo.jp

内容は…すごく普通だ!いや、決して悪い意味ではなく。

これを読んだとき、いくつもの感想が頭に浮かんだ。

  • 金と権力と経験を持ったオッサンが初心者狩りを始めたようだな…!
  • 不倫の毒牙にかからぬように気をつけるんだぞ…!
  • 男女逆にすると、「仕事ばかりで家庭を顧みない夫」の図式に近い物があるのかなぁ。
  • いずれにしても、こういう形で関係性が終わることは普遍的だよね。
  • 彼氏はこれを乗り越えていい男になって欲しい。

というようなものだったんだけど。

いやまぁ、これ自体は悲劇でこそあれ、責められたり過剰に卑下することではなく、ただ「フフ…これが若さか…!」と感慨深げなポーズを取ることしか出来ないわけだけど、ちょうどタイミング的に、考える物があったわけだよ。

 

この話の構造って、

「新しい世界に踏み入れ、そこで認められ承認され受け入れられ始めたとき、自分の寄る辺が不安定となり、思い悩む。あるいは、何か決定的なミスをする」

ということだよね。

幸い、彼女はまだ決定的なミスは犯していないからまだまだ大丈夫だけど。

それでも、何かこの後に大きな落とし穴が待っているかもしれない。

そういう状況。

……

……あ、これ俺のことだわ!

と気づいたわけだよ!

何を偉そうに「フフ…若いな…」とか言ってるんだ俺!

だめじゃねーか!

「今まで全くやったことがないことを始めよう」としていて、「実際にやってみて」、「結構上手くいって」、「新しいつながりも出来て」、「そこそこ承認されてきて」

という!

状況!

まさに!

俺!

笑っていられるものではないな!

 

しかも俺の場合、彼女と違って一つすでにミスを犯している。

ノールビンドニングは何しろまだ国内ではマイナーな編み物なので、自然、情報は北欧などの海外から取り入れるわけなんだけど…。

SNS全盛の現在、そういった情報はホームページという形ではなく、SNSページに書かれていることが多い。素晴らしい作品は、例えばfacebookでしか公開されていなかったりする。

そういうわけで、Pinterestで情報を集めていたんだけど、このあいだ海外の方から「あなたがシェアしたその画像に、作者の名前やサイトの場所など正確なキャプションを入れないとだめだよ」と指摘された。

Pinterestの仕様上、元の作者さんへのリンクも自動で付くからと、特に何も考えずにその画像についての説明を書かなかったのだ。大いなるミスである。Pinterestが軽い気持ちでどんどんシェアしても大丈夫という姿勢だからと言って、何も考えずリスペクトを欠かしてはならなかった。作品には作者さんがいるのだから。

これはいかんなと思い、指摘してくれた人には配慮の足りなさを伝えてとりあえずボードを全部引っ込めた。おそらく他にもやらかしているに違いないから。

 

自分が新しいことを始めて、いくらか認められ始めたときに陥る落とし穴。

人生で何度も何度も経験しているはずなのに、状況に惑わされて本質を学べていなかったということだった。

ただでさえ、俺の欠点は「浮き足立ちやすい」ということだというのに!

危ないところだった。いや割とアウトだったが。

正直ちょっと今でも動揺している。

 

これからこのブログやなんかで情報を発信して行くにしても、よりいっそう気をつけて、驕らぬようにしていきたいと思う。

それでもやらかすのが俺という男なのだから!

これは、怖いな!

自分の世界が広がり、今までと全く異なった光景を見たからといって、自分が大きくなったわけでは、ないのだ…!

 

ノールビンドニングでスリッポンを作る

アイディアというのは、

  • 脳の中で十分に情報が整理されていて
  • そのことについて特に何も考えていなくて
  • ちょっとした散歩などの軽い運動をしているときに
  • 全然別のものを考えたり見たときに突如降りてくる

ものだと思っている!

実際、人間の脳というのは何かを頑張ってインプットしたり考えたりしてる時にはひらめきは生まれづらく、インプットした情報を脳に根付かせてから、全然別のつながりを発見した時に圧倒的なパワーを発揮するものらしい。アルキメデス先生もそんな感じだった。

すごくどうでもいいんだけど、この「ハッとした閃き」の最上位バージョンが仏教でいうところの「悟り」で、有名な般若心経はその「究極のアハ体験」に至る最後のひと押しをするための経典だったりする。だから、いわば究極まで情報をインプットした人向けの、超上級者用テキストなので、素人たる俺たちがいきなり「般若心経を写経しましょう」とかやっても正しい結論には到達しないので、注意が必要だ!第一、どんな分野もそうだけど、「短いテキストの中に真理が」系の上級者向けテキストというのは、前提知識が膨大にあるからこそ短いわけで、素人が安易に短いテキストを求めてはいけないのだろう。老荘思想老子より荘子読んでからのほうがいいし。物理や数学でも、美しく簡潔な公式は決して簡単じゃない。

般若心経は限りなく無に近づき、あと一歩で悟れる…!という人向けに、「ソワカ!(グッドラック!)」とイイ笑顔で修行者の背中を叩いて崖の先に一歩足を踏み入れさせる(インディジョーンズのアレみたいな)という経典。

で、座禅を組んでる修行の最中にいきなり棒でブッ叩かれるアレも、「雑念があるから」叩かれるんじゃなくて、瞑想が深まってもう少しで無の境地に至りそうなとき、突如として背中を叩かれることにより脳がスパークし、生まれたての赤ん坊のごとき真っ白な状態にさせる、というのが目的(それが般若心経で言う「ソワカ!」みたいなもの)だから、あれも上級者向けだ。真に瞑想ができている修行者になら、ドタドタと足音を立てて近づいても別にいいはず。「やべぇ、後ろに来た!」とか思ってる時点でそれはまだ未熟なんである。多分、重い病気やけがによって人生観が一変した、みたいなのもそうだと思う。目からウロコのようなものが剥がれ落ちたとか(新約聖書使徒行伝9章18節)。あれはちょっと違うか。

と、隙あらば面倒な話を仕掛けて行くスタイルでノールビンドニングをやっていくわけなんだけど。

 

昨日、ちょっとした買い物にホームセンターへいったところ…多いなるひらめきを得たぞ!というだけの話にここまで長々と前書きをしてしまったが!

 

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これ!

冬用のフェルトのインソール。あったかい。89円。やすい。

これを見て、「このインソールの周りをぐるぐる縫っていったら、普通にスリッポンになっていくんじゃないのか…!?」と思ったわけだよ!

なんといってもフェルトだし。毛糸もフェルト化できるし。

20分ほどインソール売り場でいろいろとシミュレートしてみた結果、いけそうだと考え、89円でスリッポンの元を手に入れてきた!

俺の足は28.5cmで、このインソールは28cmまで対応だからちょっと小さいけど。どうせ室内履きだし、毛糸で周りを縫うわけだから多少の大きさの差異はなんとでもなろうということで。

そしてこれを…

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目打ち針で穴を開けて行く。大体目分量で。俺のステッチの幅はだいたいこんなもんだったはずという。

レザークラフトと基本的には同じだよね、この辺は。

多少間隔が開いてしまっても針を打ちなおせばいいし、あるいは増し目減らし目で調整すればいいからあんまり神経質にならなくてもOK。

でもこれ、二つまとめて穴開ければよかったなぁ。結構時間かかったよ。地味な作業だし。

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開け終わったら、とじ針を使ってこのように縫っていく。

多分一段目が一番大変!

この段階で、インソールから足がはみでそうな部分や余る部分は増し目減らし目をしていくと、最終的な見た目がよくなると思う。土踏まずは減らし目、小指側は増し目、みたいにね。まぁ毛糸だし、スリッポンだからすぐに自分の足の形になるんだけど。

ひたすら縫ったよ。

今回は初心に戻ってブロディエンステッチ。

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二段目は特に何も考えずにそのまま縫う。増し目減らし目無し。

だいたい、二段目のあたりで足の指の高さになるから、3段目から減らし目をしていくと、靴らしくなってくるよ。

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そして、4段編んだあたりでこんな感じに!

…スリッポンというか、カンフーシューズっぽい!

これは…最近サボりがちな太極拳の練習を思い起こさせる何かが…!

このままでも十分に足にフィットするし、履きやすいからこれで完成!といきたいところだったけど、やはり、もう少し何とかしたいと。このままでは地味すぎるぞと。

そういうことで、写真は撮ってなかったんだけど、上靴のような足の甲を抑える、ええと、なんていうんだ、渡し?みたいなものと、ベロを別に作って、毛糸でとじ合わせた。

 

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そして、最終的な完成を見たというわけさ!

…何か、とても可愛いが!

まさか俺がこのような可愛いモノをつくるとは…!

しかし、可愛くてもこれは28cmあるからね!大きいぞ!写真に騙されてはいけない…!

本当は何かしらボタンがあるとよかったんだけどね。

でもとりあえず、右足分は完成!

しばらく履いてみると予想以上に暖かいというか、まだこの時期では暑いほどだったので、冬本番まで今後作る左足とともに出番待ちかな。

 

片足分で,35mの毛糸を一個半(ベロ分も含む)使ったから、ざっくり55mあれば足りる感じかな?

28cmだからこんなことになったわけで、通常の場合は1玉でギリギリ行けるかもしれない。

 

ちなみに、「インソール使うってアイディアはそうそうないんじゃないか…?」と思った直後に「いやそれはないわ。絶対試してる人いるわ。間違いなく」と、先達の存在を確信しつついろいろ検索したら、ばっちりみんな作ってました。

insole crochet」で画像検索したら、みんな作ってるな!中には外用のサンダルを加工している強者も。麻糸や亜麻糸で作れば、夏用にもなるかもしれないね。